レディーはワインを注ぐなかれ?

何が正しいエチケットか、そうでないかを判断するのは、とても難しいものです。
取材で千差万別の御職業、御立場の方を訪ねるので、一番悩むのは席順。
入り口から一番遠いところが上席ということは知ってはいますが、そこから時計回りに席順が下がるのか、それとも反対なのか、といった細かいことを考え出すと混乱することがあります。
なんとなく、お忙しいところをお邪魔しているのだから、先方が上席のほうがいいような気がしてしまいますが、そこがエチケットの落とし穴。
訪問している限りは、こちらが先方の「客」にあたるのですから、たとえ先方が目上の方でもこちらが上席に座らないと失礼にあたります。
先方がお茶・コーヒーを出してくださる時は、
「コーヒーかお茶、どちらにされますか」
と聞かれますね。
恐縮してしまって、こんな風に答えがちではありませんか?
「いえ!大丈夫です!」
すると先方は、
「いえいえ、せっかくですので。どちらにされますか?」とおっしゃる。
それでもあなたはこう答えるかもしれません。
「すみません!ではどちらでも大丈夫です!」
これもマナー違反なんです。
お茶かコーヒーか、はっきりと自分の意志をお伝えしないと、先方はどうしたらいいか困ってしまうからです。

訪問した後は、きちんとお礼状を書いた方がいいですよね。
その場で終わってしまうよりも、先方の親切な応対に感動したときなどは特に、お手紙でその気持ちをお伝えしたほうが自分としても気持ちがいいものです。
でも、このお手紙ひとつをとっても、いろいろなルールがあります。
私は「前略」、などの細かい文面は気にしないようにしていますが、それでも宛名の書き方や、自分の住所は封筒の裏の真ん中に書く、といった「常識」の範囲内のルールは守るようにしています。

ただ、知らず知らずに間違いをおかしてしまっていることって、やっぱりあるんですよね。
自分ではてっきり正しいと思っていたことが実は相手の気分を著しく害してしまうことがあります。
特に異なる文化を背景に持つ人に接するときに、そういったことが起こりがち。
それが気になったので、最近私はマナーに関する本を二冊購入しました。
イラストつきでとても分かりやすく、楽しく書かれている本ですので、通勤途中などにぱらぱらとめくると、「目からウロコ」な発見が結構あるのでおすすめです。
伊藤美樹さんの『おつきあいのマナーとコツ』と『お仕事のマナーとコツ』の二冊で、両方とも学研から出版されています。

先日、取材でパリに一週間ほど滞在しました。
実は私がマナー関連の本を二冊も一気に買う気になったのは、このパリ出張が原因なんです。
私は小学校時代をおとなりのジュネーヴで過ごし、父の仕事の関係で日本と外国を行ったり来たりしましたが、ときおりこう言われることがあります。
「思ったより日本人っぽいね」(笑)。
生い立ちに加えて、なんとなくバタくさい感じがする外見のせいで、「ザ・帰国子女」なイメージを持たれ、私に会う方々は「きっととっつきにくい人に違いない」という先入観をもたれるそうです。
ただ、私自身は日本に帰るたびに、「外国から来た!」というだけでからかわれたり、時にはいじめられた経験がトラウマになっているので、塾では英語の発音をワザと日本語風にするなどして、ひたすら「帰国子女」であることをカムフラージュするテクニックを磨き続けてきました。
このため、言葉遣いや礼儀作法には神経質だし、「外国帰り」の方々が取る異質な行動には誰よりも敏感に反応してしまう、「ザ・日本人」になってしまいました。
どこかの国に長くずっといたら違っていたのかもしれませんが、2〜3年で行ったり来たりを繰り返したからそうなったのかもしれませんね。
そんな私の姿を見抜いた人は、「なんだ、結構細かいことにうるさい日本人気質なヤツじゃないか」って思うんでしょうね。
それがいいか悪いかとなると、最近はなんだかあんまりいいことではないような気がしていますが、しみついてしまった習性にはいかんともしがたい部分があります。

さて、そんな私は久しぶりにフランス語圏に行き、なんだか古巣に帰ったような気分で、羽を伸ばしきっていました。
取材用の大きなバンにのり、ドアを閉めようとしたら重くてなかなか閉まらずウンウン唸っていたら、通りすがりの紳士が
「おやおやマドモモアゼ〜ル!」と笑いながらドアを閉めてくれたのです。
歩道を歩いている他人が、停まっている車のドアをわざわざ閉めてくれることなんて普通はないですよね!
スタッフで「さすがフランス〜」なんて感動したものです。
さて、日本からの取材クルーは私と、そして同年代の女性ディレクター林さん(仮名)の二人のみ、あとはパリ在住歴の長いコーディネーターの高橋さんと野田カメラマン。
林さんはなんとヨーロッパは生まれて初めてだったのです。
この林さんの様々な局面での反応が新鮮で、私と高橋さん、野田さんはあらためて日本と西洋の文化の違いについて考えさせられました。

たとえば「打ち上げ」で言ったオシャレなビストロ。
林さんは店内を見渡し、「団体がいないですね!」と驚く。
残りの三人は「え?」という反応。
林さんの言い分としては、日本では居酒屋や、ちょっとした和風ダイニングなどでは、十人くらいの団体客を普通にみかけるのに、フランスでは一度もそういう光景にでくわしたことがない、と不思議がっているのです。
これを聞いた野田さんは、
「フランス料理っていうのは、基本的には<二人>、つまりペアで食べるもの。増える場合はその倍数で、多くてもせいぜい6人じゃないかな」
これを聞いた林さんが「えっ!じゃあ同じ部署で打ち上げとか飲み会とかないんですか?!」とさらに驚くと、野田さんがこう答えました。
「フランス人は私生活を大事にするから、なんで仕事が終わってまで大勢の会社の人間と顔をつきあわせないといけないんだって感じなんだと思うよ。一対一ぐらいの少ない人数で、じっくり会話を楽しみたいっていう人たちだからね」
「ふーん、ぜんぜん違いますね!」と話が一段落したところで林さんが野田さんの空いたグラスにワインを注ごうとしました。
テレビ業界で育った林さんは「動いてなんぼ」というAD時代に鍛えられたのか、空いたグラスにはすかさずお酒をつごうとします。
ところがその途端、野田さんが、
「Non!」と制止したので、林さんは目が点です。
野田さんいわく、「女性は絶対お酒を注いではいけないんですよ。絶対ダメ!はい、かしてちょうだい」と言って自分のグラスにワインを注ぎました。
「え〜、全然ちがうんだぁ」と林さんがさらに驚いたところから、長年パリに住んでいる中で、日本文化について野田さんが考えたあれこれに話が咲き、その夜はサン・ジェルマン界隈を遅くまで飲み歩いたのでした。

マナーって何でしょう。
ところ変わればマナーも変わる。
私も日本で社会人として生きていながら、知らないことがきっとたくさんあるはず。
そうだ、一から勉強しなおしてみよう、と思って改めてマナー関連の本に手をのばしたのです。
たとえば、「お酒を注ぐ」ことひとつとっても、日本には細かい礼儀作法がありますよね。空のグラスがあったら、まず「いかがですか」と一言かけるとか。
瓶ビールだったらラベルをどちらに向ける、とか。
お銚子はどこを持つと美しく見える、だとか。あ〜〜〜、たいへ〜〜〜ん!ってさじを投げたくなってしまいそうです。
でもね、たとえ細かいところが間違っていたとしても、「感じがよい」ってこともあると思うんです。
私は「相手」、あるいは「その場の空気」によいものを与えることができれば、それこそが「正しい」礼儀作法のように思うのです。

帰国の飛行機の中で、林さんといろいろ話しました。
知らないことは別に悪いことではない。
間違ってしまったとしても、自分、周りの人、あるいは先方に聞くことによって大きな発見を得ることだってある。
それこそが「異文化交流」。
結局、私たちが達した結論は、「機械的・義務的」にやっていると、失敗してしまうことがある、ということなんです。
大事なのは「相手」のことを考えて動くこと。
つまり、お酒を注ぐという行為ひとつ取っても、注がれて嬉しいタイミングと、そうでないタイミングがありますよね。
それを無視して、「女だから」あるいは「目下だから」と自動的に、それこそ「お酒注ぎマシーン」と化してしまうと、それは「おもてなし」の本来の目的である「相手を思いやる心」を見失ってしまうことになります。
「場の空気を読む」。
これ以上に日本的な考え方は無いようにも思えますが、実は万国共通のすばらしい「エチケット」なのではないでしょうか。


posted: blooming date: May 25, 2007 5:00 PM