この原稿を書いている時点では、アカデミー賞の発表はまだですが、果たして助演女優賞を獲得するのは『ドリーム・ガールズ』のジェニファー・ハドソンなのか、それとも日本の菊地凜子さんなのでしょうか。
個人的にはケイト・ブランシェットが結構有力なのでは、と読んでいたり…。
そんな『ドリーム・ガールズ』が、今朝見たアメリカのトーク番組で話題になっていました。
最近アメリカでは、少人数の出演者の間でひとつの話題に関して議論をじっくり交わす情報番組がはやっているようです。
メインの司会は一応いるのですが、残りの三人が言いたい放題言うので、同じような姿勢でメイン司会も井戸端会議に参加する。
今朝の番組のテーマは「Blacks in Hollywood」でした。
つまり、「ハリウッドの黒人」。
<Blacks>という言葉をどう訳すかは日本でもいまだに意見がまとまりません。
Politically Correct、略して<PC>ってご存じですか?
『セックス・イン・ザ・シティー』や『アリーMYラブ』といった海外ドラマでよく出てくるものです。
90年代に全盛期を誇った言葉で、ようするに「政治的に好ましくない言葉」を公の場から排除する、ということ。
差別を受けている人が不快感を覚えるような表現は控える、というそもそもの出発点はすばらしいものです。
ただ、時にそれが行き過ぎてしまい、ただの「言葉狩り」のようになってしまっているという批判を受けることもあります。
「Blacks」も、その言葉を使う本人が「黒人」で、Blackという単語を好んで使う場合はいいけれど、白人が使うのはよくない、ということで、アフリカン・アメリカンという単語が一般的になりました。
それでも、「私はアフリカの人間ではない。アメリカ合衆国の<BLACK>なのだ」という立場で<Black>に誇りを抱いている人はアフリカン・アメリカンを嫌がるケースがあったり…。色々むずかしいのです。このコラムではカッコをつけて<黒人>としましょう。
さて、ビヨンセのダイエットぶりを始め、何かと話題の多い『ドリームガールズ』。
私はまだ見ていませんが、テレビで問題にされていたのは、<黒人>が活躍する映画がアカデミー賞で多くの賞にノミネートされ、 <黒人>のハリウッドでの活躍がめざましい、と言われているが、果たして本当にそうなのか?ということでした。
つまり、確かに<黒人>はハリウッドで活躍してはいるけれど、貧しい人や、弱い立場にいる役が多く、大抵は脇役にとどまり、主演をつとめても『ドリームガールズ』の様にシュプリームスという実在のコーラスグループがモデルになっている<黒人音楽>を扱った映画くらいのものではないか、ということなんです。
<黒人>であるだけで、映画やTVドラマでの役柄が決まってしまうことを「Typecast」と言います。
たとえば、日系人俳優が謎の「カンフーマスター」として登場することが多い(笑)のも、いわゆる「タイプキャスト」です。
これには、映画を作る側、言ってみればハリウッドを本当に支配している、スクリーンの反対側にいるエグゼクティブな人々の中に、ほとんど<黒人>がいない、ということが背景にあるそうです。
よく知られていることですが、そもそもハリウッドを興した人々がユダヤ系アメリカ人であることと、脚本家などにユダヤ系の人が多かったことなどから、ハリウッドでは依然としてユダヤ系の力が非常に強いとされています。
キャスティングボードを握る人は、要するに白人だということですね。ただ、最近では独立系映画製作会社をたちあげる<黒人>が増えてきています。
このことを含めて、本当に<黒人>が活躍しはじめている、と言えるのかもしれません。
<タイプキャスト>で言えば、『アリーMYラブ』のルーシー・リューにも賛否両論ありました。
人気テレビドラマに東洋人が登場すること自体が画期的な出来事なので、彼女が成功したときもまた、「エンターテインメント界でやっとアジア系が認められた!」と喧伝されたりもしました。
ただ、彼女があまりに、「古典的・典型的」なAsian<アジア系>の顔立ちであったことと、『アリー』での役柄がよく<傲慢>とも思える発言をするので、<華僑>(海外に住む中国人)の悪いイメージを植え付けようとしている、といった批判があがったりしました。
確かに、ルーシーの顔立ちは、同じアジア系である私たち日本人からみても、かなりエキゾチックな感じがするくらい<アジア的>であり<東洋的>です。
やはりそれは、ハリウッド、ひいては世界における<東洋>の最大公約数的なものを象徴しているところがあると思います。
突き詰めて言えば<差別>と言えるのかもしれません、微妙なラインです。
そんなイメージから自ら距離をとろうと思ったのでしょうか、最近のルーシーは、『ラッキーナンバー7』にしても、これまでの「きついアジア系の女」イメージからなんとかして脱却しようとしているように見えます。
おそらく、見渡す限り人気女優は白人であるようなハリウッドで、彼女は途方もなく困難な挑戦をしようとしているのでしょう。頑張って欲しいです。
第74回のアカデミー賞。
『チョコレート』で主演女優賞をゲットしたハル・ベリーのスピーチです「この賞は私だけのものではありません…ドロシー・ダンドリッジ、レナ・ホーン、ダイアン・キャロル、共に歩んできたジェイダ・ピンケット、アンジェラ・バセット、すべての有色人種の女性のものです。今夜また新たな扉が開かれました」。
主演女優賞をColored、つまり<有色人種>が受賞するのはハル・ベリーが初めてだったのです。
このスピーチに出てくるレナ・ホーンは、ハル・ベリーに似た、ハリウッド黄金期のすばらしい女優でした。
私が大好きな『ショウボート』では、黒人と白人の間に生まれた歌手がヒロインですが、当初その役は<黒人>であるレナ・ホーンが演じるはずでした。
ところが、主演が<黒人>ではまずい、という上層部の判断が働き、急きょエヴァ・ガードナーに差し替えられたのです。
<黒人>の血が入っていることにより、愛する人と結ばれることさえ難しいヒロインの気持ちを、レナ・ホーンは魂の底から演じたかったそうです。
ところで、ハル・ベリーの肌はよくアメリカのメディアで「チョコレート色」などと言われます。
「モカ」や「チョコレート」は、<アメリカ黒人>の様々な肌の色を表現する言葉です。<アメリカ黒人>は、奴隷制の時代から実は<白人>との混血を繰り返してきました。
ですが、それは<白人>社会では認めてはならない社会的タブーでした。
このため、少しでも<黒人>の血が入っていようものなら、その人は<黒人>と定義されたのです。
我々日本人からすれば、マライア・キャリーなどは肌の色も白く、<黒人>という認識はありませんが、彼女は自分自身を<ブラック>と定義しています。
なぜでしょうか。
どれだけ<黒人>の血が入っていればその人は<黒人>になるのかご存じでしょうか?
答えは<一滴>です。
これは本当です。奴隷制を廃止した後も、南部諸州ではバスなどで白人の席に座ってはいけないなど、Segregation、分離し差別する政策がつづけられました。
その際に<黒人>かどうかの判断にされたのが
直訳すると、<一滴の黒人の血>です。
一見したところ<白人>にしか見えないほど明るい肌の人間でも、その人に<黒人>の血が入っていることが分かれば差別されなければいけない、それほどシビアな差別がアメリカにはありました。
そして多くの場所で未だに強く残っています。
だからこそ、『ドリームガールズ』のような映画が話題になると、アメリカの<黒人>は「忘れてはいけない、自分たちがどんな扱いを受けてきたかを」と改めて訴えかけるのです。
ハリウッドは、民主党、そしてリベラル勢力の強力な牙城です(特に有名なのがジョージ・クルーニーですね)。
ハリウッド映画界が行うパーティーは多額の政治献金を民主党にもたらします。
ですから、いま立候補表明が相次いでいる大統領選挙では、誰がハリウッドを味方に付けるかが命運を決すると言ってもいいでしょう。
ヒラリーか、オバマか。
そう、どちらが大統領になっても、アメリカ史上初なのです。
ヒラリーなら初の女性大統領。
オバマなら初の<黒人>大統領。
受賞のスピーチなどにも、政治的メッセージなどに注目してみたり、アカデミー賞自体が巨大な政治的装置としての役割を持っていることなどを頭のどこかに留めて眺めてみると、今まではとは違うオスカーの「色 Colors」が見えてくるかもしれませんね。

